最近読んだ文章。
人は現実を把握する時に、記憶の過去データと辻褄が合うと「これは現実だ」と判定するというシステムなんだそうです。
裏を返すと、辻褄が合ってみえると「これは現実、真実」と信じ込ませることが出来る訳です。
そのぐらい、人の認識というのは根拠の曖昧なものだという話。
店主、50のオバチャンですから、やったつもりが終わってなかったとか、忘れてたとか、しょっちゅうあるお年頃。
自分の思い込みでは「あるはず」が「無い」もので、うわ~ん!という事態が結構あります。
あるはずという思いが強い時は、探してみる執念が強くて、クタクタになるほど探して探して、無いと受け入れる頃にはぐったりするという無駄をやらかすことも多々あります(苦笑
何だか、経年劣化、老害チックだなと思い、
どんどんこんな事が増えるのだろうかと思い、少し悲しくなりました。
「年寄りになると頑固になり、他人の話に耳を貸さず、
意固地で孤独な独居老人」なんてのを思い浮かべては気が滅入る訳です。
そんなある日、寝入る瞬間に浮かんできた言葉。
『いい経験や楽しい経験が無くて、悪い経験がそこにあったら、
悪い経験を引き当てて現実を組み立てちゃうってことか』
『成功体験ばかりじゃないよね、人間』
『失敗体験は、危機回避に役立つか』
『未経験にチャレンジして成功するしかないのだな人間』
何かそんな風に言葉が次々と浮かんできまして
結論は、チャレンジしないで過去に浸ってちゃ
新しいものが入ってこないから、やっぱりダメということ。
チャレンジ頻度が多ければ、失敗も多いけれど、
成功する数も増えますからね。
やっぱり、いい時も悪い時も、やったことがないことは
試してみるといいのです。
コメントをお書きください